東日本大震災の被災地・宮城県名取市閖上を訪れて

執筆担当:足立 有希(亀井ゼミ)

(亀井ゼミは2017年9月22日に東日本大震災の被災地・宮城県名取市の閖上地区を訪問した。)
2011年3月11日。大規模な地震と津波が東日本を襲った。私は当時中学2年生で、テレビのニュースでその凄まじい光景を目にした。濁流に飲み込まれ、流されていく家、車、人、瓦礫。何が起こっているのか分からなかった。私自身、今まで大規模な震災を経験したことがなく、地震については映像や写真や語り部さんの話で想像するだけだった。
しかし、今回実際に宮城県仙台の閖上という大きな被害を受けた地に自分の足で立つことができた。あれから6年半。その実態は初めて仙台を訪れた私にとっては、想像していたよりまだ更地が多く、復興が進んでいなかった。事実、閖上という土地は、以前は高級住宅街だったが、あの震災が起こってから、住みたくないという意見が多く、意見がまとまるまでに5年かかり、ようやくこの2年で復興工事に着手することができたそうだ。被災地視察では被災したまま、1階部分が全て流されて、2階だけで残されている家を何軒か見ることができた。それは衝撃的で言葉がでなかったと共に、一気に被害の大きさを実感することができ、6年半たった今でも自分の想像をはるかに上回る状況がそこにはあった。